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東京高等裁判所 平成11年(行ケ)7号 判決 1999年10月26日

原告

三菱アルミニウム株式会社

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁護士

大場正成

尾崎英男

嶋末和秀

同弁理士

【B】

被告

株式会社 伊原工業

代表者代表取締役

【C】

訴訟代理人弁護士

佐尾重久

同弁理士

【D】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  原告の求めた裁判

「特許庁が平成9年審判第21769号事件について平成10年11月30日にした審決を取り消す。」との判決。

第2  事案の概要

1  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「ベルト金具係合用レール」とする考案(実用新案登録第2004227号。昭和63年6月17日出願。平成6年1月31日設定登録。本件考案)の実用新案権者であるが、平成9年10月13日、願書に添付した明細書の訂正をすることについての審判請求をし(平成9年審判第17385号)、その請求を認容する審決(訂正審決)が平成10年1月9日にあり、同年2月2日に確定した。

原告は、平成9年12月25日、本件実用新案登録について無効審判の請求をし、平成9年審判第21769号として審理されたが、平成10年11月30日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年12月21日原告に送達された。

2  本件考案の要旨(訂正後の考案の要旨)

荷締めベルトの端部に装着されていて、長方形穴に挿入される形状のベルト金具を係合させるための多数の係合穴がレール本体にその長さ方向に沿って一定間隔をおいて設けられて、コンテナ車などの側板の内側に取付けられるベルト金具係合用レールであって、

前記係合穴が、縦穴と横穴とを直交させた形状になっていて、同一係合穴に対してベルト金具が縦横両方向に係合可能になっていることを特徴とするベルト金具係合用レール。

3  審決の理由の要点

(1)  本件考案の要旨は前項のとおりと認める。

(2)  原告(請求人)の主張

原告の主張の概要は、以下の4点である。

(無効理由1)

本件実用新案登録の明細書の登録請求の範囲の記載は、実用新案登録を受けようとする考案が考案の詳細な説明に記載したものであるとも、また、実用新案登録を受けようとする考案の構成に欠くことができない事項のみを記載した項に区分してあるとも認められないので本件実用新案登録は旧実用新案法5条4項1号及び2号に違反するものである。

(無効理由2)

訂正審判での訂正内容は、旧実用新案法第39条1項1~3号のいずれを目的とするものであるとも認められないし、仮にそのいずれかを目的とするものであったとしても、該訂正は登録請求の範囲を実質的に変更するものであって、明らかに旧実用新案法39条2項に違反しており、このような違法な訂正がなされた本件実用新案登録は、読替え旧実用新案法37条1項2の2号の規定に該当し、無効にされるべきである。

また、訂正審決には、不適な用語が使われているとともに、訂正審決の理由は、訂正が誤記の訂正を目的とするものであるとの十分な理由となっていないし、この訂正が誤記の訂正を目的とするものであっても、登録請求の範囲を実質上変更するものでないことについて訂正審決は全くその根拠を示してなく、審理不尽の違法性があるといわざるを得ない。

(無効理由3)

本件明細書についての平成4年11月19日付け手続補正書(本件補正書)による補正(本件補正)は、旧実用新案法13条で準用する旧特許法53条の規定に違反してなされたものであるから、本件実用新案登録は、旧実用新案法9条で準用する旧特許法40条の規定により、本件補正書が提出されたときに実用新案登録出願されたものとみなされる。そうすると、本件考案は、実願昭63-80457号(実開平2ー2247号)の願書に最初に添付した明細書及び図面を撮影したマイクロフィルムに記載された考案であるから、旧実用新案法3条1項3号の規定により登録を受けることができないものであり、本件実用新案登録は旧実用新案法37条1項1号に該当し無効とされるべきものである。

(無効理由4)

本件考案は、本件出願前に頒布された刊行物である審判甲第5号証ないし審判甲第8号証に記載されたものに基づいて当業者が極めて容易に考案をすることができたものであるから、旧実用新案法3条2項の規定により登録を受けることができないものであり、本件実用新案登録は旧実用新案法37条1項1号に該当し無効とされるべきものである。

(3)  被告(被請求人)の主張

(無効理由1に対して)

訂正審決の確定により、本件実用新案登録の明細書においては、「ベルト本体」の用語は、その出願時に遡及して明細書に存在しなくなったので、本件審判請求の理由はすべてなくなった。

(無効理由2に対して)

本件訂正は、本件補正書に添付した全文補正明細書を通読すれば、その技術内容は容易に理解できるが、「単なる誤記」によって、「登録請求の範囲」の記載が、それ自体では一部が不明瞭であり、しかも「考案の詳細な説明」の「実施例」と多少矛盾するのであるが、これを訂正すれば、瞬時に全体が整合するという内容のものである。したがって、本件訂正は、単なる「誤記の訂正」によって、一部が不明瞭であった「登録請求の範囲」の記載が明瞭になるにとどまり、その「登録請求の範囲」の拡張、あるいは変更を伴うものではない。

また、訂正審決に原告が主張するような違法はない。

(無効理由3に対して)

出願当初の明細書で使用されていた「十字状」とは、広辞苑の説明を総合すると、「縦横に交差(交叉)したありさま」と解するのが常識的、あるいは一般的解釈といえる。そして、技術界のみならず、世の中一般においても、「十字」あるいは「十文字」の用語は、様々な面で多用されている等の理由から、「十字状」とは、まさに「縦穴と横穴とを直交させた形状」を意味するのであるから、本件補正は、「十字状」の用語を単に分かり易いように他の言葉(用語)に置き換えたにすぎないと同時に、権利範囲が拡張されることもないので、何ら要旨変更ではない。(無効理由4に対して)

本件考案は、審判甲第5~第8号証に対して十二分に進歩性を有し、本登録は、旧実用新案法3条2項の規定に違反してなされたものであるとする原告の主張は、全く理由はない。

(4)  証拠

原告は、以下の審判甲号証を提出している。

・審判甲第1号証(実公平5-19242号公報)(本件公告公報)

・審判甲第2号証(本件実用新案登録に対する訂正審判請求書)

・審判甲第3号証(本件実用新案登録についての訂正審判審決書)

・審判甲第4号証(本件当初明細書)

・審判甲第5号証(米国特許第3405660号明細書)

・審判甲第6号証(実願昭54-177230号(実開昭56-93335号)のマイクロフィルム)

・審判甲第7号証(実願昭54-138816号(実開昭56-56443号)のマイクロフィルム)

・審判甲第8号証(実願昭61-144273号(実開昭63-48647号)のマイクロフィルム)

・審判甲第9号証(判決書)(平成9年(行ケ)第64号)

被告は、以下の審判乙号証を提出している。

・審判乙第1号証(本件実用新案登録に対する訂正審判請求書)(審判甲第2号証と同じもの)

・審判乙第2号証(本件実用新案登録についての訂正審判審決書)(審判甲第3号証と同じもの)

・審判乙第3号証(特許法概説)

・審判乙第4号証(昭和42年審判第5444号)

・審判乙第5号証(昭和54年審判第15234号)

・審判乙第6号証(特許法概説)

・審判乙第7号証(本件当初明細書)(審判甲第4号証と同じもの)

・審判乙第8号証(広辞苑)

・審判乙第9号証(本件に対する拒絶理由通知書)

・審判乙第10号証(審判乙第9号証の拒絶理由通知書に対する意見書)

(5)  無効理由1についての審決の判断

前記のように、本件実用新案登録については、願書に添付した明細書の訂正をすることについての審判請求(平成9年審判第17385号)が平成9年10月13日付けでなされ、その請求を認容する審決が平成10年2月2日に確定している(訂正審決)。その結果、本件実用新案登録の明細書の登録請求の範囲及び考案の詳細な説明中の課題を解決するための手段の項に記載されていた「ベルト本体」は、「レール本体」に訂正されることになった。

してみると、本件実用新案登録の明細書の登録請求の範囲及び考案の詳細な説明には、原告が主張するような記載不備は存在しないことになったので、原告の主張を採用することができない。

なお、平成5年法律第26号の実用新案法の附則4条1項に規定される経過措置により、前記法律が適用される以前の実用新案法(旧実用新案法)40条(訂正の無効の審判)の規定が削除され、旧実用新案法37条1項に2の2号として、訂正が旧実用新案法39条1項ただし書、2項若しくは3項の規定に違反してなされた場合が無効理由として新たに規定された。その結果本件実用新案登録は、無効理由として訂正違反を主張することは許されることになったが、訂正は無効であり、本件訂正前の考案は、記載不備が存在するという主張は許されないことになった。

すなわち、この点についての原告の主張は採用することができない。

(6)  無効理由2についての審決の判断

本件実用新案登録の訂正前の明細書(訂正前明細書)の登録請求の範囲には、「荷締めベルトの端部に装着されていて、長方形穴に挿入される形状のベルト金具を係合させるための多数の係合穴がベルト本体にその長さ方向に沿って一定間隔をおいて設けられて、コンテナ車などの側板の内側に取付けられるベルト金具係合用レールであって、前記係合穴が、縦穴と横穴とを直交させた形状になっていて、同一係合穴に対してベルト金具が縦横両方向に係合可能になっていることを特徴とするベルト金具係合用レール。」と記載され、課題を解決するための手段の項にもほぼ同じ内容の事項が記載されていたところ、本件訂正内容は、訂正前明細書の登録請求の範囲及び課題を解決するための手段の項に記載されていた「ベルト本体」を、誤記を目的として「レール本体」に訂正するものであった。

(a) まず前記訂正請求は、誤記の訂正を目的とするものであったかについて検討する。

審判便覧(改訂第7版、社団法人発明協会発行)には、誤記の訂正につき、「『誤記の訂正』とは、本来その意であることが、明細書又は図面の記載などから明らかな内容の字句、語句に正すことをいい、訂正前の記載が当然に訂正後の記載と同一の意味を表示するものと客観的に認められるものをいう。」(54-10の4頁11~13行)(なお、実用新案登録でも同じ扱い)と記載されており、特許庁の運用がこれまでの判例をも考慮の上で示されている。

そこで、本件訂正内容が、前記審判便覧の記載内容に適合するものであるかについてみると、訂正前明細書の登録請求の範囲及び課題を解決するための手段の項に記載されていたベルト本体は、ベルト金具を係合させるための多数の係合穴を設けた部材を指していると解することができるため、審判甲第1号証(訂正前明細書)及びその訂正前明細書に添付されていた図面(訂正前図面)(実用新案公告公報及び図面)で、ベルト金具を係合させるための多数の係合穴を設けた部材に関しての記載を精査すると、

従来の技術の項には、「第14図及び第15図に示されるレールR′、R″は、それぞれ長方形状の縦方向の係合穴31,及び同形状の横方向の係合穴32が長さ方向に沿って一定の間隔をおいて設けられたものである。」(公報1欄22~25行)、「縦方向の係合穴31を備えたレールR′に対しては、」(公報2欄8~9行)、「よって、縦方向の係合穴31が設けられたレールR′を使用すると、」(公報2欄13~14行)、「同様に、横方向の係合穴32が設けられたレールR″を使用すると、」(公報2欄18~19行)、「例えば、縦方向の係合穴31を有するレールR′を使用して、」(公報2欄22~23行)及び「荷締ベルトのベルト金具の形状に対応した縦方向の係合穴と横方向の係合穴とをレール本体に交互に設ければ、」(公報3欄7~9行)と記載されているとともに、訂正前図面の従来例を示す第14~21図には、縦方向あるいは横方向の係合穴が、レールR′あるいはレールR″に設けられているものが図示されており、従来技術として、レール本体にベルト金具を係合させるための多数の係合穴を設ける技術がいろいろ存在し、それら従来例には、問題点があったことが明確に示されている。

考案が解決しようとする課題の項には、「本考案は、従来のレールの有する上記不具合に鑑み、レール本体に設けられる縦横両方向の2種類の各係合穴の数を減じることなく、同一係合穴に対してベルト金具を縦横両方向に係合できるようにして、同一のレールと同一の荷締ベルトとを使用して、荷物を縦横両方向に締め付けれるようにすることを課題としてなされたものである。」(公報3欄15~21行)と記載されているように、従来の技術の項に記載されたレール本体にベルト金具を係合させるための多数の係合穴を設ける技術が有していた問題点の記載を受け、その問題点に合致した課題を明示している。

実施例の項には、「このレール本体1の膨出部分に多数個の十字状の係合穴2が長さ方向に沿って一定の間隔をおいて設けられた構成である。」(公報3欄36~39行)、「このためレール本体1の裏面における係合穴2の周縁部には、全周にわたって係合フランジ3が形成される。」(公報3欄43行~4欄1行)、「ベルト金具A1は、第2図及び第5図に示されるように、レール本体1に設けられた十字状の係合穴2の長さL(第4図参照)よりも」(公報4欄2~4行)、「そして、レールR1に設けられた十字状の係合穴2にベルト金具A1を係合させるには、」(公報4欄15~16行)、「係合穴2が十字状になっているため、第1図及び第2図に示されるように、同一の係合穴2に対してベルト金具A1を縦横両方向に係合できて、レールR1に対してベルト金具A1を縦横両方向に係合させて取付けることができる。」(公報4欄33~37行)、「レールR2は、レール本体1に多数個の十字状の係合穴12が長さ方向に沿って一定の間隔をおいて設けられたものである。」(公報4欄44行~5欄2行)、「第9図及び第10図は、ベルト金具A2をレールR2に対して縦方向に係合して取付ける場合であるが、第8図に示されているように、ベルト金具A2をレールR2に対して横方向に係合して取付けることもできる。このように、レールR2の同一の係合穴12に対してベルト金具A2を縦横両方向に係合して取付けることができるので、このレールR2をコンテナ車9などの側板10に取付けた場合には、同一のレールR2によって、コンテナ車に載せられた荷物11を荷締ベルト8により縦横両方向に締め付けることができる。」(公報5欄23~34行)及び「また、本考案の要旨は、レール本体に設けられる係合穴の形状を、縦穴と横穴とが直交する形状にして、同一係合穴に対してベルト金具を縦横両方向に係合可能にする構成に存するので、」(公報5欄35~38行)と記載されているとともに、訂正前図面の第1、3,7,8~13図には、縦方向あるいは横方向の係合穴が、レールR1あるいはレールR2に設けられているものが図示されており、ベルト金具を係合させるための多数の係合穴を設けた部材は、一貫してレール本体として記載されているとともに、その記載内容は、前記従来の技術の項及び考案が解決しようとする課題の項に記載されている事項に合致したものになっている。

考案の効果の項には、「本考案は、レール本体に設けられる係合穴を、縦穴と横穴とが直交する形状にして、荷締ベルトの端部に取付けられたベルト金具を同一係合穴に対して縦横両方向に係合できるようにしたので、このレールをコンテナ車などの側板の内側に取付けた場合には、同一のレールと同一の荷締ベルトとによって、この荷締ベルトが捩じられることなくして、コンテナ車などに載せられた荷物をこの荷締ベルトにより縦横両方向に締め付けることができる。」(公報6欄1~10行)と記載されているように、レール本体にベルト金具を係合させるための多数の係合穴を設けた効果であり、かつ前記従来の技術の項、考案が解決しようとする課題の項及び実施例の項に記載されている事項に合致した効果が明確に示されている。

このように訂正前明細書及び訂正前図面には、登録請求の範囲及び課題を解決するための手段の項の記載を除いて、一貫してベルト金具を係合させるための多数の係合穴を設けた部材は、レール本体であるとして記載されており、当業者にとって従来の技術の項、考案が解決しようとする課題の項、実施例の項、考案の効果の項及び図面に記載されている事項からそこに記載されている考案、即ちレール本体にベルト金具を係合させるための多数の係合穴を設けたものから構成される考案を容易に把握し得るものである。

ところで、訂正前明細書の登録請求の範囲及び課題を解決するための手段の項には、ベルト本体という用語が使われており、訂正前明細書及び訂正前図面には、矛盾があり、また、当業者であればベルト本体とレール本体のいずれかが誤記であることは容易に気付き得るものである。

そこで、訂正前明細書の登録請求の範囲及び課題を解決するための手段の項に記載される事項に基づき、当業者が容易に考案を把握できるかについてみると、ベルト本体という用語自体は、不明であるとはいえないが、そのベルト本体は、訂正前明細書及び訂正前図面に記載された荷締ベルトの本体をいうのか、全く別のベルトの本体をいうのか明らかでなく、また、たとえ訂正前明細書に記載される荷締ベルトの本体、あるいは全く別のベルトの本体のいずれかをいうにしても、訂正前明細書の登録請求の範囲及び課題を解決するための手段の項に記載されるベルト金具係合用レールの構成は、どのようなものになるのか全く把握することができないものである。すなわちベルト本体という用語は、用語自体は明瞭であるとしても、その技術的意味は不明であり、訂正前明細書の登録請求の範囲及び課題を解決するための手段の項に記載される考案は、当業者にとって理解することも実施することもできないものである。しかしながら、訂正前明細書の登録請求の範囲及び課題を解決するための手段の項に記載されるベルト本体という用語をレール本体という用語に置き換えれば、訂正前明細書及び訂正前図面の記載がすべて整合することになるが、当業者であれば訂正前明細書及び訂正前図面の記載特に所期の目的及び効果の記載に基づけば、訂正前明細書には誤記があり、しかもその誤記は、レール本体という用語を用いるべき箇所にベルト本体という用語を使用したためであると容易に理解することができるものである。

すなわち、ベルト本体をレール本体に変更する訂正は、本来その意であることが、明細書又は図面などから明らかな内容の字句、語句に正す訂正に相当し、前記審判便覧の記載事項に適合するものであり、そのため誤記の訂正を目的にしたものであると認められる。

(b) 次いで前記訂正請求は、実質上登録請求の範囲を変更するものであったかについて検討する。

審判便覧(改訂第7版、社団法人発明協会発行)には、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものであるかにつき、「特許請求の範囲に記載された請求項について、その内容、特に目的、範囲、性質などを実質上拡張又は変更するもの」(54-10の6頁2~3行)(なお、実用新案登録でも同じ扱い)と記載されており、特許庁の運用がこれまでの判例をも考慮の上で示されている。

そして前記記載内容の意味するところは、訂正前後の特許請求の範囲(あるいは登録請求の範囲)に記載される技術的事項によって構成されるものが一応発明(あるいは考案)として認められるものであることを前提とし、訂正前後の発明(あるいは考案)の内容、特に目的、範囲、性質が訂正後に拡張したか変更したかであると解される。この点については、原告が提示した4件の判例「最高裁昭和41年(行ツ)第1号、同昭和41年(行ツ)第46号、東京高裁平成6年(行ケ)第235号及び同平成9年(行ケ)第64号(審判甲第9号証)」のものも、訂正前後の特許請求の範囲(あるいは登録請求の範囲)に記載される技術的事項によって構成されるものが一応発明(あるいは考案)として認められるものであることを前提としていることからもうかがい知ることができる。

ところで、前記(a)で述べたように、訂正前明細書の登録請求の範囲に記載されるベルト本体は、その技術的意味が不明であり、訂正前明細書の登録請求の範囲に記載されるものは、当業者にとって理解することも実施することもできないもので、そこにはもともと考案は認められないのであり、ベルト本体をレール本体に変更したとしても、訂正前後の考案の内容、特に目的、範囲、性質が変更したと判断する余地のないものである。

すなわち、ベルト本体をレール本体に変更する訂正は、本来その意味で記載されていた表現を真の意味を有する表現に直したものにすぎず、形式的には登録請求の範囲を変更するものではあっても、実質上登録請求の範囲を変更するものではない。

そのため、原告が提示した前記4件の判例のものに基づき当該訂正を無効とすることはできない。

(c) 訂正審決には、審理不尽の違法性があるかについて検討する。

原告の主張の概要は、「訂正審決の理由は、この訂正が誤記の訂正を目的とするものであるとの十分な理由とはなっていない。また仮に、この訂正が誤記の訂正を目的とするものであったとしても、この訂正が、登録請求の範囲を実質上変更するものではないことについては、訂正審決は全くその根拠を示していない。」である。

原告が審判甲第3号証として、また被告が審判乙第2号証として提出した平成9年審判第17385号の訂正審決理由を分説すると、以下のとおりである。

<1> 「ベルト本体」の用語について願書に最初に添付された明細書(当初明細書)及び図面を精査しても、全く記載されておらず、該用語は、本件補正の全文補正明細書に初めて使用された用語である。

<2> また、訂正前の登録請求の範囲に記載される技術事項である「長方形穴に挿入される形状のベルト金具を係合させるための多数の係合穴がベルト本体にその長さ方向に沿って一定間隔をおいて設けられて、」から想定される構成は、本件考案の目的構成並びに効果の記載から全くかけ離れたものとなり、むしろ、「ベルト本体」を「レール本体」と読み替えて読んだほうが本件出願時の考案の目的構成並びに効果の記載に合致するものである。

<3> してみると、「ベルト本体」という用語は、明細書の考案の詳細な説明の記載に照らして「レール本体」の誤記であることが明らかであるため、前記訂正は、誤記を目的にするものである。

<4> そして、「レール本体」という用語は、当初明細書に記載されていたものであるとともに、前記訂正は、実質上登録請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。

そこで検討すると、訂正の基になる考案が、願書に最初に添付された明細書及び図面に記載されたものでなく、願書に添付された明細書及び図面に記載されたものであることは、判例に示すとおりであり、その意味では、訂正審決の<1>の記載は、紛らわしいものとなっているが、該<1>の記載は、あくまでも事実を参考程度に示したものにすぎず、<2>の記載において、願書に添付された明細書及び図面に記載されたものに基づき、訂正が誤記の訂正を目的としている理由を述べているのである。確かにその理由は、前記(a)で詳述したような理由と比べ必ずしも十分とはいえないが、だからといって理由が記載されていないとはいえない。

次に登録請求の範囲を実質上変更するものでないことについて訂正審決は全くその根拠を示していないとの点については、確かに訂正審決には、その理由が明示されていない。しかしながら、当該訂正は、前記(b)で示したように、本来その意味で記載されていた表現を真の意味を有する表現に直したものにすぎず、形式的には登録請求の範囲を変更するものではあっても、実質上登録請求の範囲を変更するものでないと認められるものであり、その理由については、前記<2>の記載から全く読み取れないわけでなく、たとえその理由が明示されていないからといって違法となるようなものではない。

してみると、訂正を認容したことについて何ら違法はないので、この点についての原告の主張は採用することができない。

(7)  無効理由3についての審決の判断

原告が審判甲第4号証として、また被告が審判乙第7号証として提出した本件実用新案登録の願書に最初に添付された明細書(当初明細書)には、係合穴の形状について「十字状」としか記載されていなかったところ、本件補正書によって登録請求の範囲の係合穴の形状が「縦穴と横穴とを直交させた形状」に補正されるとともに、実施例の項に「また、本考案の要旨は、レール本体に設けられる係合穴の形状を、縦穴と横穴とが直交する形状にして、同一係合穴に対してベルト金具を縦横両方向に係合可能にする構成に存するので、上記した各実施例のように、厳格に十字穴のものに限られず、縦穴と横穴とが直交している同一の係合穴に、ベルト金具を縦横両方向に係合させることができれば、係合穴の形状は、十字穴に対して多少変形された形状であっても構わない。」という事項が追加された。

そこで本件補正が明細書の要旨を変更するものであるかについて検討すると、まずは被告が審判乙第8号証として提出した広辞苑(第2版)には、「十字」は、「漢字の「十」の字のような形。」として説明され、「十字」が付く用語について、「十字架」は、「罪人を磔にする柱。」として、「十字砲火」は、「銃砲火が交叉して飛ぶさま。」として、「十字路」は、「道が十字形に交叉した所。四辻。」として説明されているとともに、「状」は、「ありさま。様子。状態。」として説明されており、これら二つの用語を合わせ持つ「十字状」は、必ずしも縦と横とがいずれもその中央で交わるような形状に限定されるものでないことが一般的技術常識として理解される。

そして当初明細書をみても、「十字状」について定義されているわけではなく、してみると、当初明細書に記載されていた「十字状」とは、必ずしも縦と横とがいずれもその中央で交わるような形状に限定されるものでなく、全文補正明細書に追加された記載のように、十字穴に対して多少変形された形状のものも含むと解される。

次に全文補正明細書の登録請求の範囲に導入された「縦穴と横穴とを直交させた形状」については、その技術的意味が必ずしも明確とはいえないので、その明細書及び図面の記載を参照すると、実施例の項及び図面には、一貫して「十字状」のものとして記載されており、また被告は、審判事件答弁書(2)において、「『十字状』とは、『縦横に交差(交叉)したありさま。』と解するのが常識的、あるいは一般的な解釈といえる。」及び「『十字状』とは、まさに『縦穴と横穴とを直交させた形状』を意味する」と述べ、「縦穴と横穴とを直交させた形状」とは、「十字状」と同義であると説明していること(当然のごとく、少なくとも「T字形」あるいは「L字形」を含まないと解される。)をも参照すると、「縦穴と横穴とを直交させた形状」の「直交」とは、「交差(交叉)」の意味と解されるため、「縦穴と横穴とを直交させた形状」とは、「十字状」の用語を単に言い換えたものに相当する。

してみると、全文補正明細書に記載される事項は、要旨を変更するものではなく、この点についての原告の主張は採用することができない。

(8)  無効理由4についての審決の判断

(a) 証拠

審判甲第5号証(米国特許第3405660号明細書)には、「トラック10のウエッブ13の同じスペース内において、係止金具をトラック10の軸方向と直角方向とに係合できる係合穴22が交互に設けられているベルト金具係合用レール」が記載されている。

審判甲第6号証(実願昭54-177230号(実開昭56-93335号)のマイクロフィルム)には、「長方形に切り開かれた孔と丸孔とが交互に設けられているコンテナ車用レール」が記載されている。

審判甲第7号証(実願昭54-138816号(実開昭56-56443号)のマイクロフィルム)には、「両側縁を外方に折曲して取付片を形成した断面チャンネル状の主体の中央板に、両側に内方への傾斜片を張設した縦長窓孔と、方形状、円形状などの適宜形状の窓孔を任意の配列で隔設してなる積載運搬用の型材」が記載されている。

審判甲第8号証(実願昭61-144273号(実開昭63-48647号)のマイクロフィルム)には、その登録請求の範囲に「バン型車の内側壁の上下部位に平行に配置したC形断面ガイドレールと、このガイドレール内に摺動自在に嵌装せしめ、前記ガイドレールと面一となした複数の角形ロープフックとで構成し、このロープフックの中央位置にフック部位を配置し、かつその片面に刻設した凹陥状のくびれ弾発作用によって、ガイドレールの開口フランジ部位にロープフック当接面が喰込み係止して、ロープフックがガイドレールに固定されることを特徴とするバン型車のスライド式ロープフック。」と記載されている。

(b) 判断

本件訂正後の考案の要旨は、冒頭に記載したとおりであるところ、その明細書の記載に基づけば、「係合穴が、縦穴と横穴とを直交させた形状になっていて、同一係合穴に対してベルト金具が縦横両方向に係合可能になっている」という技術的事項(本件技術的事項)を具備することにより、「レールをコンテナ車などの側板の内側に取付けた場合には、同一のレールと同一の荷締ベルトとによって、この荷締ベルトが捩じられることなくして、コンテナ車などに載せられた荷物をこの荷締ベルトにより縦横両方向に締め付けることができる。また、レール本体に設けられる係合穴が、縦穴と横穴とを直交させた形状になっているために、縦方向、及び横方向の各係合穴の数は、殆ど減ぜられない。」という特有の効果を奏するものである。

しかしながら、審判甲第5号証ないし審判甲第8号証に記載されるものには、前記本件技術的事項が示唆も記載もされていない。

なお、原告は、無効審判請求理由補充書において「ベルト係合用レールの技術的分野において、縦又は横の係合穴を1つの連続した孔で構成することは、審判甲第6号証及び審判甲第7号証により本件実用新案登録出願前に広く知られており、これらの刊行物に示された係合穴にもベルト金具が挿入されることによりベルトが固定されるものである。そして、この種のベルト金具係合用の孔は、ベルト金具の形状によって縦穴及び横穴がそれぞれ2つに分かれて開けられていても、それが1つの孔であっても良いことは、審判甲第5~第7号証から明らかである。更に、係合形式は異なるが、長方形の縦穴と横穴とを直交させた形状の係合穴を有するガイドレールが、審判甲第8号証により本件出願前に公知である。」と記載しているが、審判甲第6号証及び審判甲第7号証に記載されるものは、本件訂正後の考案の従来例に相当するものでしかなく、審判甲第8号証に記載されているものも、前記したように、ガイドレールに摺動自在に嵌装せしめた複数の角形ロープフックの中央位置にフック部位を配置し、そのフランジ部位にロープを固定せるものであり、長方形の縦穴と横穴とを直交させた形状の係合穴を有するガイドレールが、審判甲第8号証により本件出願前に公知であると認定することはできない。

(c) 結論

すなわち、本件考案は、本件実用新案登録出願前に頒布された刊行物である審判甲第5号証ないし審判甲第8号証に記載されたものに基づいて当業者が極めて容易に考案をすることができたとする原告の主張は採用することができない。

(9)  審決のむすび

以上、原告の本件実用新案登録を無効とすべきとの無効理由は、すべて認めることができないため、本件実用新案登録の訂正後の考案を無効とすることができない。

第3  原告主張の審決取消事由

審決は、訂正請求の適否の判断を誤り(取消事由1)、また、誤って、本件補正が要旨変更に当たらないとし(取消事由2)、この結果、本件考案の無効理由は認められないとしたものであって、違法であるから取り消されるべきである。

1  取消事由1(訂正の適否の判断の誤り)

(1)  誤記の訂正であると判断した誤り

審決は、訂正前明細書の登録請求の範囲、及び、課題を解決するための手段の項に記載されていた「ベルト本体」を「レール本体」に訂正しようとする訂正請求について、「ベルト本体という用語は、それ自体は明瞭であるとしても、その技術的意味は不明であり、訂正前の登録請求の範囲及び課題を解決するための手段の項に記載されている考案は、当業者にとって理解することも実施することもできないものである。」と認定して、「誤記の訂正を目的にするものであると認められる。」と判断しているが、誤りである。

すなわち、ベルト本体という用語は、その技術的意味は不明であるとはいえないし、さらに、訂正前の登録請求の範囲及び課題を解決するための手段の項に記載されている考案は、当業者にとって理解することも実施することもできないものであるともいえない。

そもそも一般的ベルトの用語として、腰のバンドや時計バンドに見られるように、ベルト自体に係合穴を設けること自体は、周知の用法の一つである。また本件考案の「ベルト本体」は荷締ベルトとは別体のベルトであって、それには十字状の係合穴が開けられているものとも考えられるのであって、それをトラックなどの荷台側壁に固定しておき、この係合穴に荷締ベルト端に取り付けられた係合具を係合すれば実施可能であることは、当業者が容易に理解することができる。

したがって、これらの点に関し、専ら図面を基に請求の範囲の意味を変えてもよいとする審決の判断は誤りである。

審決も認めるように「ベルト本体」という用語も「レール本体」という用語も明瞭であるところ、その意味は明らかに異なる。また、ベルトに係合穴を設けることは周知で、それ自体の意味は明瞭であるから、「ベルト本体」を「レール本体」に置き換えることは、それ自体明瞭な用語を明らかに意味が異なる別の明瞭な用語に変更することであって、実用新案法にいう「誤記の訂正」の域を超える。

(2)  登録請求の範囲を実質上変更しないと判断した誤り

審決は、訂正が実質上登録請求の範囲を拡張又は変更するものであるかの判断について、「請求人(原告)が提示した4件の判決も、訂正前後の請求の範囲に記載されている技術的事項によって構成されるものが一応発明(考案)として認められるものであることを前提にしている」とし、本件訂正請求の場合は、「訂正前明細書の登録請求の範囲に記載されるものは、当業者にとって理解することも実施することもできないもので、そこにはもともと考案は認められないのであり、ベルト本体をレール本体に変更したとしても、訂正前後の考案の内容、特に目的、範囲、性質が変更したと判断する余地のないものである。」と認定して、「形式的には登録請求の範囲を変更するものであっても、実質上変更するものではない。」と判断しているが、誤りである。

前記(1)のとおり、ベルト本体の係合穴もレール本体の係合穴も、一般的用語として意味があり、技術的にも成り立ち得るもので、しかも全く異なる内容を表現しているのであって、両者を取り換えることは明らかに実質上の変更となるものであるから、仮に明らかな誤記であっても訂正は許されない。

すなわち、本件の適用される昭和63年6月17日当時の旧実用新案法39条1項で誤記訂正に当たることが認められても、同条2項の請求の範囲を実質的に変更するものであれば訂正は許されない。

つまり、登録後の訂正では、出願当初明細書の開示範囲で認められる考案であっても、請求の範囲の明白な実質的変更を認めるものであって許されないという法の規定に反している。また、原告が提示した4件の判決のうち、特に昭和41年(行ツ)第46号の最高裁判決(判例2)は、訂正前の請求の範囲に記載されている事項によって構成されるものが考案として認められないようなものであっても、それを常識的な温度に訂正することは実質変更であるとして訂正を認めなかったものである。

さらに、訂正前の登録請求の範囲の記載されたものによって構成されるものは、一応考案として認められるものであり、訂正の前後でその目的、範囲、性質が変更されていることは明らかである。

仮に「誤記の訂正」であるとしたところで、それ自体明瞭な用語を、明らかに意味が異なる別の明瞭な用語に置き換えるものである以上、訂正の前後で登録請求の範囲を実質的に変更するものである。

(3)  訂正審決の審理不尽の違法性の判断の誤り

審決は、訂正審決においては、誤記の訂正を目的としている理由が十分でないことを認め、また、登録請求の範囲を実質上変更するものではないとする理由が明示されていないと認めている。その一方で、審決は、訂正審決の他の記載部分からその理由が全く読み取れないわけではなく、その理由が明示されていないからといって違法となるようなものではないとしている。

しかし、審決の他の説示部分をみてもその理由は不明であるし、このような漠然とした説示では、「本件訂正が誤記の訂正を目的としている理由」が示されているとはいえないことは明らかで、判断理由が明示されていない訂正審決は違法である。

2  取消事由2(要旨変更)

審決は、当初明細書(甲第2号証の4)には係合穴の形状について「十字状」としか記載されていなかったところ、本件補正書による「縦穴と横穴とを直行させた形状」に補正した点は、「十字状」の用語を単に言い換えたものに相当し、当初明細書の要旨を変更するものではないと判断しているが、誤りである。

すなわち、審決は、全文補正明細書の登録請求の範囲に記載された「縦穴と横穴とを直交させた形状」については、その技術的意味が必ずしも明確とはいえないので、その明細書及び図面の記載を参照するとしているが、当初の意味が明確な用語をあえて意味が明確でない用語に置き換える補正は、要旨変更そのものである。

また、要旨変更の判断は、補正によって登録請求の範囲に導入された技術的事項が、出願当初の明細書及び図面に記載されていた事項の範囲内であるか否かによって判断すべきであって、補正後の明細書及び図面の記載によって判断するのではない。このことは、本件実用新案が適用される旧実用新案法9条で準用する特許法41条の規定より明らかである。

したがって、「縦穴と横穴とを直交させた形状」の技術的意味が明確でないからとの理由で全文補正明細書を参照するとした審決の判断は誤りである。

被告は、本件考案の実用新案権に基づく侵害訴訟である名古屋高裁平成11年(ネ)第383号事件において、控訴人(第1審原告)として「縦穴と横穴とを直交させた形状」が「十字状」に限られず、「T字状」も含むと主張した。被告のこの主張のとおりだとすると、本件補正によって本件考案の権利範囲が拡張することになり、本件補正が要旨変更になることは明らかである。

第4  審決取消事由に対する被告の反論

1  取消事由1(訂正の適否の判断の誤り)について

(1)  誤記の訂正であると判断した誤りについて

本件訂正は、全文補正明細書を提出する際に、出願当初から「レール本体」と記載されていて、そのまま記載すべきところを誤って、当初明細書には全く使用されていない「ベルト本体」という用語を記載してしまったという単純なミスである。

審決は、これにつき、「ベルト本体という用語は、用語自体は明瞭であるとしても、その技術的意味は不明であり」、「レール本体という用語を用いるべき箇所にベルト本体という用語を使用したためであると容易に理解することができものである。」と判断したものであり、この判断は妥当である。

(2)  クレームを実質上変更しないと判断した誤りについて

本件における「ベルト本体」を「レール本体」への訂正は、正に誤記の訂正であり、「ベルト本体」は単純な誤記で、その意味するところは「レール本体」であることは明白であり、誤記の訂正により請求の範囲が変更されるものでないことは、審決が詳細に認定しているとおりである。

(3)  審理不尽について

審決に原告主張の違法はない。

2  取消事由2(要旨変更)について

原告は、「被告が技術的範囲を拡張又は変更する意図で補正を行ったことは明らかである。」と主張するのみで、審決のどこの事実認定ないし判断が不服であるのか、何ら具体的な指摘をしていない。本件補正が「技術的範囲を拡張又は変更」するものでないことは、審決が正しく認定しているとおりである。

原告は、名古屋高裁の侵害訴訟における被告の主張について触れるが、被告は原告指摘の「T字状」の形状まで含むというような主張を当該訴訟においてしていない。そもそも、原告がそこで触れている点は、審決が判断したことの当否について審理すべき本訴においては、関係のない事柄である。

第5  当裁判所の判断

1  甲第2号証の2によれば、本件訂正明細書に、本件考案に関して以下の記載があることが認められる。

〔産業上の利用分野〕

「本考案は、荷締ベルトの端部に装着されたベルト金具を係合させるためにコンテナ車などの側板に取付けられるベルト金具係合用レールに関するものである。」(1頁17~20行)

〔従来の技術〕

「第14図及び第15図に示されるレールR′、R″は、それぞれ長方形状の縦方向の係合穴31、及び同形状の横方向の係合穴32が長さ方向に沿って一定の間隔をおいて設けられたものである。」(2頁5~8行)

「縦方向の係合穴31を備えたレールR′に対しては、ベルト金具を縦方向にしか取付けることができず、同様に横方向の係合穴32を備えたレールR″に対しては、ベルト金具を横方向にしか取付けることができない。」(2頁16~20行)

「荷締ベルトのベルト金具の形状に対応した縦方向の係合穴と横方向の係合穴とをレール本体に交互に設ければ、一応荷締ベルトを縦横両方向に締付け可能となるが、これでは、縦横の2種類の各係合穴の数が半減して、各種の荷物に対応した最適の位置にベルト金具を係合できなくなる欠点が発生する。」(3頁末行~4頁6行)

〔考案が解決しようとする課題〕

「本考案は、従来のレールの有する上記不具合に鑑み、レール本体に設けられる縦横両方向の2種類の各係合穴の数を減じることなく、同一係合穴に対してベルト金具を縦横両方向に係合できるようにして、同一のレールと同一の荷締ベルトとを使用して、荷物を縦横両方向に締め付けれるようにすることを課題としてなされたものである。」(4頁8~14行)

〔考案の効果〕

「本考案は、レール本体に設けられる係合穴を、縦穴と横穴とが直交する形状にして、荷締ベルトの端部に取付けられたベルト金具を同一係合穴に対して縦横両方向に係合できるようにしたので、このレールをコンテナ車などの側板の内側に取付けた場合には、同一のレールと同一の荷締ベルトとによって、この荷締ベルトが捩じられることなくして、コンテナ車などに載せられた荷物をこの荷締ベルトにより縦横両方向に締め付けることができる。」(10頁6~15行)

2  取消事由1(訂正の適否の判断の誤り)の当否の検討

(1)  誤記の訂正であると判断した誤りの有無の検討

(a) まず、本件考案の要旨の記載を検討する。

甲第2号証の1、2によれば、訂正前の本件考案の登録請求の範囲の記載は、「荷締めベルトの端部に装着されていて、長方形穴に挿入される形状のベルト金具を係合させるための多数の係合穴がベルト本体にその長さ方向に沿って一定間隔をおいて設けられて、コンテナ車などの側板の内側に取付けられるベルト金具係合用レールであって、

前記係合穴が、縦穴と横穴とを直交させた形状になっていて、同一係合穴に対してベルト金具が縦横両方向に係合可能になっていることを特徴とするベルト金具係合用レール。」

であり、本件訂正は、そのうちの「ベルト本体」を誤記を目的として「レール本体」に訂正するものであった(なお、本件訂正は、訂正前の明細書の考案の詳細な説明における「課題を解決するための手段」の項に、登録請求の範囲の記載とほぼ同じ内容の事項が記載されていたため、その中の「ベルト本体」についても「レール本体」と訂正するものであった。)ことが認められる。

ところが、訂正前の本件登録請求の範囲において、「ベルト金具を係合させるための多数の係合穴がベルト本体にその長さ方向に沿って一定間隔をおいて設けられて、コンテナ車などの側板の内側に取付けられるベルト金具係合用レール」の文言によって規定される構成については、ベルト金具を係合するためのレールである「ベルト金具係合用レール」の構成を定義するものであるにもかかわらず、係合穴が設けられる「ベルト本体」が、コンテナ車などの側板の内側に取り付けられる「ベルト金具係合用レール」とどのような関係にあるのか不明である。また、訂正前の登録請求の範囲において「ベルト本体」に関する記載はこの箇所だけであり、他に参照すべき記載はないことが明らかである。したがって、登録請求の範囲全体からみても、係合穴が設けられる構成要件に関してはその意味を理解することができないというべきである。

さらに、登録請求の範囲の後段の「前記係合穴が、縦穴と横穴とを直交させた形状になっていて、同一係合穴に対してベルト金具が縦横両方向に係合可能になっていることを特徴とするベルト金具係合用レール」は、ベルト金具が縦横両方向に係合可能になっているベルト金具係合用レールであるから、係合穴が設けられる「ベルト本体」は、レールと密接な構成関係にあることも明らかである。

以上のとおり、「ベルト本体」の技術的意味が不明であって、本件登録請求の範囲は意味不明なものになっているのであるが、その構成要件の実体はレールに関係しているものということができる。

(b) そこで、本件明細書の考案の詳細な説明を検討するに、甲第2号証の1によれば、本件考案の訂正前の明細書(本件出願公告公報(平5-19242)。弁論の全趣旨によれば、これが全文補正明細書であるものと認められる。)に、以下の記載があることが認められる。

〔考案が解決しようとする課題〕

「本考案は、従来のレールの有する上記不具合に鑑み、レール本体に設けられる縦横両方向の2種類の各係合穴の数を減じることなく、同一係合穴に対してベルト金具を縦横両方向に係合できるようにして、同一のレールと同一の荷締ベルトとを使用して、荷物を縦横両方向に締め付けれるようにすることを課題としてなされたものである。」(3欄15~21行)

〔実施例〕

「レールR1は、金属板を折り曲げ成形して中央部を膨出させてレール本体1を形成し、このレール本体1の膨出部分に多数個の十字状の係合穴2が長さ方向に沿って一定の間隔をおいて設けられた構成である。」(3欄35~39行)

「第11図に示されるように、レールR1は、コンテナ車9の側板10の内側に水平に取付けられる。」(4欄30~32行)

「係合穴2が十字状になっているため、第1図及び第2図に示されるように、同一の係合穴2に対してベルト金具A1を縦横両方向に係合できて、レールR1に対してベルト金具A1を縦横両方向に係合させて取付けることができる。」(4欄33~37行)

「本考案の要旨は、レール本体に設けられる係合穴の形状を、縦穴と横穴とが直交する形状にして、同一係合穴に対してベルト金具を縦横両方向に係合可能にする構成に存する」(5欄35~38行)

〔考案の効果〕

「本考案は、レール本体に設けられる係合穴を、縦穴と横穴とが直交する形状にして、荷締ベルトの端部に取付けられたベルト金具を同一係合穴に対して縦横両方向に係合できるようにしたので、このレールをコンテナ車などの側板の内側に取付けた場合には、同一のレールと同一の荷締ベルトとによって、この荷締ベルトが捩じられることなくして、コンテナ車などに載せられた荷物をこの荷締ベルトにより縦横両方向に締め付けることができる。」(6欄1~10行)

(c) これら訂正前明細書の考案の詳細な説明の記載及び訂正前図面の第1~6、11~13図(別紙本件考案図面参照。甲第2号証の2、3によれば、図面自体は本件訂正によって訂正されていないことが認められる。)によれば、本件考案は、縦穴と横穴とが直交する形状の係合穴をレール本体に設け、このレールをコンテナ車などの側板の内側に取り付けることで、荷締ベルトの端部に取り付けられたベルト金具を係合穴に対して縦横両方向に係合することができるようにしたものであると認めることができる。

このことからすると、考案の詳細な説明の記載において、係合穴をレール本体に設けることが記載されているから、訂正前明細書の登録請求の範囲に記載されていた、係合穴が設けられた「ベルト本体」は、「レール本体」の誤記であることが明らかである。

しかも、前記(a)で登録請求の範囲の記載について検討したように、「ベルト本体」は「ベルト金具係合用レール」との関係で理解することができることが可能なので、この観点からも「ベルト本体」を「レール本体」と読み替えて解釈するのが自然でかつ相当というべきである。

以上のとおりであるから、本件考案は、訂正前の登録請求の範囲の「ベルト本体」を構成要件とするものにおいては考案の要旨が全体として理解することができず、訂正後の登録請求の範囲におけるように「ベルト本体」を「レール本体」の誤記とみなすことによってのみ理解することができるものというべきである。

(d) したがって、この点に関する審決の判断に誤りはない。

(e) 原告は、「ベルト本体」という用語の意味は明瞭であるし、また本件考案の「ベルト本体」は荷締ベルトとは別体のベルトであって、それに十字状の係合穴を設けてトラックなどの荷台側壁に固定しておき、この係合穴に荷締ベルト端に取り付けられた係合具を係合すれば実施可能であることは、当業者が容易に理解し得ると主張する。

しかしながら、「ベルト本体」という用語自体の意味が明瞭であることは明らかであり、本件訂正請求の適否については、「ベルト金具を係合させるための多数の係合穴がベルト本体にその長さ方向に沿って一定間隔をおいて設けられ」るという「ベルト本体」について、考案の要旨における位置づけ、すなわち、他の構成要件との関係を問題にしているのであり、この点について、原告主張のように荷締ベルトとは別体の「ベルト本体」なるものがコンテナ車などの側板の内側に取り付けられると仮定しても、それは考案の一部の構成要件の実施可能性を説明できるにとどまり、この「ベルト本体」と同様にコンテナ車などの側板の内側に取り付けられる「ベルト金具係合用レール」との構成の関係を明確に説明することはできない。したがって、原告の上記主張は失当である。

(2)  訂正請求は登録請求の範囲を実質上変更するものか否かの検討

前記のように、訂正前の「ベルト本体」を構成要件とする本件考案は、その考案の要旨全体として理解することができず、訂正後のように「ベルト本体」を「レール本体」に誤記訂正することによってのみ、考案の要旨を全体として明確に理解することができる。

つまり、訂正前考案は、係合穴を設ける部材を「ベルト本体」とすることに起因して、それとの関係において本件考案の「ベルト金具係合用レール」の技術思想が明確に特定できないものとなっていることが明らかであり、この「ベルト本体」を「レール本体」に訂正することによって、この部分においてのみ不明であった「ベルト金具係合用レール」との共働関係が明確になり、しかも、荷締ベルトのベルト金具を係合穴に対して縦横両方向に係合できるようにするという本件考案の目的効果に、訂正前後を通じて何の変更がないことも明らかである。

したがって、訂正後考案は登録請求の範囲を実質上変更するものではないというべきであり、審決の判断中、「訂正前明細書の登録請求の範囲に記載されるものは、当業者にとって理解することも実施することもできないもので、そこには元々考案は認められないのであり、ベルト本体をレール本体に変更したとしても、訂正前後の考案の内容、特に目的、範囲、性質が変更したと判断する余地のないものである。」との部分に誤りはない。

(3)  訂正審決の審理不尽の有無の検討

原告は、訂正審決には、「本件訂正が誤記の訂正を目的としている理由」及び「登録請求の範囲を実質上変更するものではない理由」がいずれも示されていないと主張する。

しかしながら、訂正審決は、訂正前の登録請求の範囲に記載される「ベルト本体」にかかる技術事項から想定される構成は、本件考案の目的構成並びに効果の記載から全くかけ離れたものとなり、むしろ、「ベルト本体」を「レール本体」と読み替えて読んだほうが訂正前考案の目的構成並びに効果の記載に合致するものであり、「ベルト本体」という用語は、明細書の考案の詳細な説明の記載に照らして「レール本体」の誤記であることが明らかであるため、前記訂正は、誤記を目的にするものである旨認定判断しており、原告主張の上記理由はいずれも説示されていることが明らかである。

よって、原告の主張は失当である。

(4)  取消事由1についてのまとめ

したがって、原告主張の取消事由1はすべて理由がない。

3  取消事由2(要旨変更)の当否の検討

原告は、係合穴の形状について、当初明細書の「十字状」の記載を平成4年11月19日付手続補正書による「縦穴と横穴とを直行させた形状」に補正することは、明細書の要旨を変更するものであると主張する。

(1)  そこで、上記補正が明細書の要旨を変更するものであるか検討する。

甲第2号証の4によれば、当初明細書には、登録請求の範囲に「係合穴の形状を十字状にすることにより、レール本体に対してベルト金具を縦横両方向に係合できるようにした」と記載され、これと同旨の記載が考案の詳細な説明の「課題を解決するための手段」及び「考案の効果」の項にもあることが認められるところ、その技術的意義は、縦穴と横穴とが直交して十字状の係合穴を形成することをもって、ベルト金具を縦横両方向に任意に係合させることができるというものであるから、十字状の係合穴の形状とは、縦穴と横穴とがいずれもその中央部付近で交わるように直交させた形状をいうことは自明のことである。

(2)  一方、甲第2号証の1、4及び弁論の全趣旨によれば、上記手続補正書により、登録請求の範囲の上記部分に対応する箇所が「係合穴が、縦穴と横穴とを直交させた形状になっていて、同一係合穴に対してベルト金具が縦横両方向に係合可能になっている」と補正されるとともに、実施例の項に「本考案の要旨は、レール本体に設けられる係合穴の形状を、縦穴と横穴とが直交する形状にして、同一係合穴に対してベルト金具を縦横両方向に係合可能にする構成に存するので、上記した各実施例のように、厳格に十字穴のものに限られず、縦穴と横穴とが直交している同一の係合穴に、ベルト金具を縦横両方向に係合させることができれば、係合穴の形状は、十字穴に対して多少変形された形状であっても構わない。」(甲第2号証の1の出願公告公報5欄35~43行。甲第2号証の4の当初明細書8頁参照)という記載が加入されたものであることが認められる。

そして、補正後の登録請求の範囲における縦穴と横穴とを直交させた形状という表現は、前記(1)のような補正前の十字状の形状の意味するところを敷衍したものにすぎず、また、十字状の係合穴の技術的意義(作用目的)からすると、補正後の実施例の項の加入記載も、登録請求の範囲を補正するとともに、自明の事項の説明を付加したにすぎないものと認められる。

よって、補正後の「縦穴と横穴とを直交させた形状」は、当初明細書の「十字状の形状」と同義と認められ、上記補正は明細書の要旨を変更するものではないというべきであり、審決が「『縦穴と横穴とを直交させた形状』とは、『十字状の形状』を単に言い換えたものに相当する。してみると、補正明細書に記載される事項は、要旨を変更するものではなく」と認定判断した点に誤りがない。したがって、取消事由2も理由がない。

なお、原告の主張中には、本件考案の実用新案権に基づく侵害訴訟である名古屋高裁平成11年(ネ)第383号事件における被告(当該訴訟の控訴人(第1審原告))の主張について触れ、本件補正が要旨変更になることの裏付けとする部分があるが、補正が要旨変更に当たるか否かは、明細書の記載によって判断すべきであって、被告が侵害訴訟でどのような主張をしたかにはかかわりのないことであるから、仮に被告が侵害訴訟で原告主張のような主張をしたとしても、本件補正が要旨変更に当たるものではないとの上記判断が左右されるものではない。

第6  結論

以上のとおりであり、審決取消事由はいずれも理由がなく、原告の請求は棄却すべきである。

(平成11年10月7日口頭弁論終結)

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

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